おしらせ

*あたらしい記事はこの下です*

minneにて、3種のzine(リトルプレス)の販売をしています。→🌟
「静かな時間 Take some quiet time.」「上を向いてあるこう」「クリスマスを待つあいだ」
ご興味のあるかたは、のぞいてくださいね。



[PR]
# by franfiori | 2017-12-31 00:00 | Comments(0)

聖痕の祝日

e0320114_11313428.jpg

あまり意識をしたことがなかったのですが、
9月17日(頃)は、聖フランチェスコがラ・ヴェルナ山で聖痕を受けた記念日だそうで
ラ・ヴェルナ山に初めて行った時のことを思い出していました。

車だったらフィレンツェからすんなりいけるらしいけど
電車で行くには、映画「ライフ・イズ・ビューティフル」の舞台となったアレッツォの駅から
ローカル線に乗ってビッビエーナということまで行き、
さらにバスに乗り換えて山のほうに登っていくルートしかなく
ちゃんとたどり着けるのか、ちょっと緊張しながら計画実行したのを覚えています。

バスからラ・ヴェルナの岩山が見えた時は静かに感動した。と思う。たぶん(笑)。

岩山の上には、修道院や聖堂、森が広がっていて
聖痕を受けたとされる場所は、記念の聖堂となっています。
この聖痕の聖堂をはじめ、ラ・ヴェルナにはロッビア工房のテラコッタ彫刻が多くあって
とても美しいのです。

フランチェスコが好んで瞑想していたサッソ・スピッコという岩(写真)や
彼がベッド替わりにしていた岩のある洞窟など、縁の場所が点在しています。

フランチェスコのベッド(洞窟)に入った時は、
暗がりに修道士が一人瞑想をしていて、びっくりしたのも懐かしい思い出。(
誰もいないと思って写真撮ってたら、ななめ後ろにいた・笑)

ラ・ヴェルナ山は2度行ったので、もう行くことはないだろうなあ。
と思っていたけど、さらにその上のペンナ山にはフランチェスコが篭った小屋があって
見晴台が素晴らしいみたい。
そこに行くのもいいかも?

イタリアの旅は重いものを背負っていた気がするけれども、
結局は神仏(あえてホトケも入れてみる)の手のひらの上にずっといたような、
思い返すと幸せな日々でした。



[PR]
# by franfiori | 2017-09-18 11:47 | イタリアのこと | Comments(0)

テューダー家とセンス・オブ・ワンダー

9月9日にNHK BSで放送されていた
「ターシャ・テューダーの森から ひ孫たちの夏日記」の録画をみたのですが、
見ながら、気づけば涙がでているというくらい琴線に触れるものがありました。

ターシャ・テューダーの孫のウィンズローとエイミー夫妻に娘が二人できていたのは
前回の番組で知っていましたが、
上のエリーが7歳、妹のケイティーが4歳になっていて
エリーがターシャのミニチュアみたいに、そっくりに喋ったり
チャボの抱え方まで同じで、驚きました。(ターシャはチカホミニーというチャボを飼っていましたよね)

家族で動物を見に行った時に、ひよこの鳴き方がおかしいと気づき
彼らが寒くて心地悪いということがわかったんです。
それってすごくないですか?!

エリーが学校にどうしても行きたくなくて、
ふたりの娘たちを在宅学習にしたということも、決断は難しかったのかもしれないけれど
素晴らしい選択だなと思いました。(ターシャも学校が大嫌いだったそう)

家のまわりにいくらでも教材があって、
時間割の無い毎日の中で、花壇の柵を作ったり(お父さんと森で木を切るところから)
お母さんと鳥の観察をしたり
花火を見に行った翌日には、余韻に浸りながら花火の絵を思い切り描いています。

羨ましすぎて、来生はあの家に生まれたい!と思いましたよ(笑)。

在宅で教育するのは、両親も大変かもしれないけど、
お母さんのエイミーが、娘たちにはありのままの自分で育って欲しい、
40歳になったときに自分探しなどしなくていいように、と言っていたのが印象的でした。

そしてふと、レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」を思い出して
久しぶりに開いてみました。

大好きな本なので、これまでにも何度もブログに書いています。
テューダー家の、センス・オブ・ワンダーを育てる教育は
まさにこの本の通りだな、と思ったことでした。

『もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目をみはる感性」を授けてほしいとたのむでしょう。
この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。』
『わたしは、子どもにとっても、どのようにして子どもを教育すべきか頭をなやませている親にとっても「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。』
『美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたび呼びさまされると、つぎはその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。そのようにして見つけだした知識は、しっかりと身につきます。』
『もし、あなた自身は自然への知識をほんのすこししかもっていないと感じていたとしても、親として、たくさんのことを子どもにしてやることができます。
 例えば、子どもといっしょに空を見あげてみましょう。そこには夜明けや黄昏の美しさがあり、流れる雲、夜空にまたたく星があります。
 子どもといっしょに風の音をきくこともできます。それが森を吹き渡るごうごうという声であろうと、家のひさしや、アパートの角でヒューヒューという風のコーラスであろうと。そうした音に耳をかたむけているうちに、あなたの心は不思議に解き放たれていくでしょう。』
「センス・オブ・ワンダー」レイチェル・カーソン著(新潮社)
e0320114_18435091.jpg






[PR]
# by franfiori | 2017-09-17 18:46 | 日々是スピリチュアル | Comments(0)

レオナルドとミケランジェロ

e0320114_15411983.jpg

雨音のなかからクラリネットの音が聞こえてくる日曜日。
どこで、誰が吹いているのか
聞こえてくる日はCDを止めて、それをBGMにしています。

雨だとわかっていたので、きのう「レオナルドとミケランジェロ」展に行って来ました。
お気に入りの丸の内ブリックスクエアにある三菱一号館美術館です。

ダヴィンチとミケランジェロの素描展ですが、
素描以外にも手稿や手紙、彫刻もあり
壁に書かれている2人の言葉の対比も興味深かったですが、
一番感動したのが、最後に展示してあったミケランジェロの「十字架を持つキリスト」でした。
イタリア、バッサーノ・ロマーノにある修道院から持ってきていて、
よく来たな〜としみじみ、イタリアの聖堂内で見ている感覚になりました。

この彫刻、開幕間近に来日が決まったようで、会期途中からの出展になったよう。
ミケランジェロの大理石彫刻で、ここまで大きいものは初めての来日だそうです。

e0320114_15412803.jpg


教会の中にあっては見ることができない、側面や背面が見られるのもいいですね。

e0320114_15412149.jpg


いろいろと見比べていて思ったのですが、
私はダヴィンチの描く顔が好きだなと。
画家としてはダヴィンチのほうが好きだと思いました。

レオナルド・ダヴィンチに基づく「聖アンナと聖母子」が展示されていたのですが
はじめ、この絵も来てるのか??とびっくりしましたが、なんだか違う。
遠目から見ても、タッチや色合いがぜんぜん違うのがわかります。
この"レオナルド・ダヴィンチに基づく"絵を見て
あらためて彼の絵の美しさがわかった気がします。

そうそう、ミケランジェロの恋人といわれるカヴァリエーリの手紙も来ていましたね。

見終わってから、ブリックスクエアの中庭のベンチで
ロブションのパンとカフェオレを飲みながら、ぼーっと余韻に浸っていました。
絵の余韻じゃなくて、イエス像に会えてよかった〜!の余韻(笑)。

中庭は緑が豊かで、風が気持ちいいのでオススメです。
ロブションのキャラメルミルクフレンチ(ナッツごろごろ入り)も
とっても美味しいので、オススメです。



[PR]
# by franfiori | 2017-09-17 16:13 | Art & Photo | Comments(0)

遠のく記憶

e0320114_15500006.jpg

イタリアで部屋を借りて、語学学校に通ったりしていたときのことが
これまでは、つい最近のことのように思い出せていたのですが
ここのところ急に、そのころの記憶が遠のいていることに気づきました。

当時のあれやこれやの光景は
いままで通り、思い出すことはできるのですが
薄い膜が一枚かかったような、そんな記憶になっています。

思えば、アッシジに数ヶ月、部屋を借りていたときから
すでに21年の歳月が経っていました。

ちょっと信じられないような気がします。
その20年の間、私はいったい何をしていたんだろう。

このお菓子やさんは、アッシジの中央の広場に行く坂道の途中にあります。
パーネ・ディ・フランチェスコ(フランチェスコのパン)という
レーズン入りのパン(ケーキみたいだったかな)を買ったことがあります。

まだあるかな? このお店。



[PR]
# by franfiori | 2017-09-05 16:00 | イタリアのこと | Comments(0)

別ニ是レ一壷ノ天

e0320114_21555514.jpg

「"壷の中には、その壷の中の天地がある。
人の心にも各自の宇宙が存在し、
それが全宇宙と一体であることに気づいたとき、
その人は大きく生まれ変わることができる"という教えです。」

禅寺のおばんざい料理の本をぱらぱらと見ていたら
上の禅語のことが書かれていました。

外に広がっていくことよりも
内を深めていくことが大事だな、と
最近しみじみと感じていることです。

でもなかなか、ついつい意識は外に向いてしまうんですよね。



[PR]
# by franfiori | 2017-08-27 22:02 | 日々是スピリチュアル | Comments(0)

「旅の記憶」を更新しました。

旅の思い出を書いているブログ(年に数回しか更新してませんが)
「旅の記憶」に、パリの思い出を2つかきました。→🌟

少しづつ、書いていこうかなと思っています。
アッシジのこともすこしづつ。



[PR]
# by franfiori | 2017-08-20 17:16 | 旅の記憶 | Comments(0)

40年後の『ポーの一族』

「ポーの一族 春の夢」
40年ぶりの「ポーの一族」を書店で見つけてびっくりして
手にとったままレジに直行。

絵も少し変わってるし、どうかな、と思いましたが
後半、一族の人間(吸血鬼だけど)やキング・ポーも出てきて
一気に読んでしまいました。

萩尾さんの絵は昔、風景をあまり描き込まず
さらっと流すように描かれているコマがあり
逆にその独特の「間」のような空間に叙情的なものを感じて
とても好きだったのですが、
その感じが減ったかな、という印象。

ポーが、イングランドのヨークシャーの古い一族だというのは
以前書かれていたことだったかな。はじめて知った気もするし。
バンパイアという呼び方が、エトルリアあたりの方言、なんてセリフがあったり
気とか、レイラインとか、
今じゃないとわからない言葉がちょいちょい出てきて面白いです。

いちおう話は完結して、
でも間違いなく続きがあるという終わり方だったので
ちょっと楽しみです。


e0320114_12045381.jpg


昔から、時を超える話がなぜか大好きです。
映画「レッドヴァイオリン」も、ヴァイオリンに亡くなった女性の魂が宿って
時代を越えていく話で大好きでした。

そういう越え方ではないけど、
魂が時代を越えて転生してことに、ロマンを感じるのかな?と思います。
ロマンというか、大変だけどね、輪廻転生は(笑)。



[PR]
# by franfiori | 2017-08-20 12:28 | お気に入り | Comments(0)

日々のなかで「静かなる細い声」を聴く


by franfiori
プロフィールを見る
画像一覧